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前職で学んだ「ヒト」と「モノ」の動かし方

作成者: 中島 恒久|2025.09.01

私は前職ではロジスティクスに関わる仕事をしていました。その経験はIT業界に転身した今も大きな糧になっています。

調達、輸入、通関、倉庫管理、配送、回収。モノを動かすあらゆるプロセスに携わる中で、いつも頭にあったのは「いかにして、モノを期限通りに、無傷で届けるか?」という終わりのない課題でした。

徹底的に対策しても、天候不順や交通事故、港湾労働者のストライキなど、自分たちだけではどうにもならない要因で計画が狂うこともしばしば。だからこそ、自分たちがコントロールできる範囲は完璧にしようと、必死にオペレーションを工夫しました。特に在庫管理や棚卸しのスキルは徹底的に磨きました。

職場で「冷蔵庫と冷凍庫の温度管理職人」と呼ばれるようになるほどコンプレッサーとは向き合いました。メーカーのエンジニアから調整のノウハウを教わっていつでもきっちり冷凍庫を冷やしていました。また、倉庫の屋根に空いた穴から霜が降りてくるようなトラブルに対応するために冷凍設備業者との交渉や修理など様々な経験をしたものです。また、保健所の抜き打ち検査に備え、夜中に鷹匠を呼んで倉庫に鷹(実際にはファルコンでしたが)を放ったことも忘れられない思い出です。

港湾労働者が大規模なストを行った際にはあらゆるコネを使って自社の荷物が載ったコンテナを動かすために尽力しました。この時には物理的にモノを動かすことの難しさを痛感しましたね。そして、もう一つ、身をもって知ったのが「ヒト」の難しさです。あえてカタカナで書きますが。ヒトって本当に思い通りには動いてくれないんですよね。

ビジネスの根底にあるもの

当時は慢性的に人手不足でした。特に配送用のトラックのドライバーの確保には難儀をしていました。ある時、香港から来たばかりの若い配達ドライバーを雇いました。入ったばかりで不慣れで、且つ英語も話せなかった彼に担当してもらったのはサンフランシスコのあるエリアでした。結構入り組んでいて、慣れていないと効率よく配送できないエリアだったんですが人手が無かったので彼に頼まざるを得なかったんですね。英語が話せない彼から場所が分からないなどのSOSの電話があっても、言葉が通じないのでアドバイスも満足に出来ず結局配送が完了せず、お客さんに謝って翌日の配送にさせて貰うこともありました。

そして、慣れないサンフランシスコの街を迷いながら、託された配達を完了させることもできず悔し涙を流す彼の姿を見て、胸がいっぱいになったことを今でも時々思い出します。

これは明らかに私のせいです。人員不足とはいえ無理なアサインをしたのだから。そして、彼も仕事を失いたくない一心で引き受けざるを得なかった訳です。誰かをみじめな気持ちにさせたいなんて思ってはいなかったのですが、ギリギリの状況で適切な判断が出来る能力が当時の私にはなかったんですね。

私の当時の部下は50人弱。ほとんど全員とそんな風に必死で毎日を生き抜こうとしていた様な記憶があります。朝6時から夜中まで倉庫にいた日々があったにもかかわらず、IT業界に移り在宅勤務も多い働き方をしていると、あの頃の日々を忘れてついつい机上の空論で物事を進めてしまいそうになります。

システムの向こう側には現場で必死に働く人がいます。そして、システムと業務はつながっていて、それが彼らの仕事と生活を支えているということを決して忘れないようにしたいと思っています。

SNS上のインフルエンサーやキラキラしたスタートアップ経営者が語る「世界」には、あの頃の僕らのような現場の人間は含まれているのだろうか?と思うことがあります。ヒト、モノ、カネと簡単に言いますが、どれもそう簡単に動かせるものではありません。

IT業界の「デスマーチ」も大変ですが、現場の物理的なリソース不足は時に人々の生活、そして命に関わることさえあります。

ビジネスの根底はいつだって「ヒト」と「モノ」に支えられている。そのことをこのアメリカの地でビジネスをされている皆さんと一緒に再認識したいと思っています。